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仙台高等裁判所 昭和51年(行ス)1号 決定 1976年5月29日

抗告人 岡本久三郎

相手方 十和田市議会

主文

原決定を取り消す。

相手方が昭和五〇年一二月一三日抗告人に対してなした十和田市議会議員除名処分の効力を青森地方裁判所昭和五一年(行ウ)第四号除名処分取消請求事件の本案判決確定に至るまで停止する。

手続費用は全部相手方の負担とする。

理由

一  抗告代理人は主文と同旨の決定を求めたが、その理由は別紙記載のとおりである。

二  よつて審按するに、まず本件記録によれば、抗告人は当時相手方市議会議員であつたが、昭和五〇年一二月九日開催の同議会本会議において市政に対する一般質問として当時の中村亨三市長の市政を批判する発言をしたこと、その際の抗告人の発言中には同市長に対して「中村一派」「女の腐つたみたいで」「ペテンにかけて」「詐欺横領である」「贈収賄をやつている。」等の言葉が含まれ、かつ市政とは直接関係のない抗告人と同市長との私的取引上の事柄についての言及があること、そこで相手方は抗告人の右言動が地方自治法第一三二条の「無礼の言葉を使用し」「他人の私生活にわたる言論」をした場合に該当し、相手方の品位を著しく害したとの理由で、相手方議会会議規則第一五七条ないし第一六二条、地方自治法第一三四条、第一三五条に従い、同月一三日の本会議で抗告人を除名する旨の懲罰議決をしたこと、抗告人は同月二五日地方自治法に則り相手方のなした右除名処分につき青森県知事に対し審決の申請をしたところ、昭和五一年三月二四日、審決申請を棄却する旨の決定がなされたこと、そこで抗告人は青森地方裁判所に対し右除名処分の取消しを求める訴を提起(同裁判所昭和五一年(行ウ)第四号事件)するとともに同年五月一一日右処分の執行停止を申立てたところ、同裁判所は同月二五日右執行停止申立を却下する旨の決定をし、同決定は即日抗告人に送達されたこと、の各事実が認められる。

二  そこで執行停止の必要性について検討するに、右事実と原審における抗告人に対する審尋の結果によれば、抗告人は本件除名処分によつてなお三年余りの任期を残して議員資格を喪失したことが認められるので、爾後抗告人は十和田市議会議員としての活動が不能に帰するに至つたのであるが、一般的に言つて議員たる資格は、たんに議員として報酬等の金銭的利益を得る地位にとどまらず、当該議員自らの及び同議員を支持し選出した地域住民の意見を市政に反映させるいわば人格権的な性格を有するものであること、しかも抗告人の議員資格喪失による欠員補充のための補欠選挙が同年五月二〇日市選挙管理委員会から告示され、同年五月三〇日にその投票日が予定されていることが疎明されるところ、もし右補欠選挙の結果新議員が誕生するに及んでは、抗告人が再びその議員資格を回復するためには、本案の除名取消訴訟の勝訴判決を得るだけでは足りず、その上、補欠選挙の効力を争い新議員の当選を無効ならしめることが必要であるので、かくては抗告人の任期はなお三年余を残すとは言え、その議員資格を回復することは事実上不可能に近いことをも考えあわせれば、抗告人は回復の困難な損害を蒙るおそれがあり、抗告人にはこの損害を回避すべき緊急の必要性があるものと考えられる。

三  ところで処分の執行停止は、緊急の必要性(行政事件訴訟法第二五条第二項)がある場合であつても、「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」又は「本案について理由がないとみえるとき」の何れかの場合に該当するときは執行停止をすることは許されない(同法同条第三項)のであるから、以下この点について検討する。

1  本案訴訟の理由の存否について。

法が行政処分の取消訴訟において処分の執行停止の制度を認め、行政事件訴訟法第二五条第二項で緊急の必要性ある場合、処分の執行停止をすることを定め、同条第三項で消極的要件として「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれあるとき」とともに右事由を定めた規定の形式及びその文言の体裁に鑑みれば「本案について理由がないとみえるとき」とは、執行停止の申立が主張自体明らかに不適法または理由がない場合であるとか、その主張を裏付ける疎明が全くないか、又はあつてもいまだこれを裏付けるに十分でない結果、本案請求の理由のないことが明らかである場合を言うものと解すべく、処分の違法性の疑いが多少とも存するとき、もしくは本案の理由の存否がいずれとも決し難い不明の場合は、同条項に該当しないものと解するのが相当である。

本件の場合、前記のとおり抗告人が本会議の席上、当時の中村市長に対する市政上の一般質問に際し、「中村一派」等の言葉を用い、かつ市政とは直接関連のない抗告人と同市長との私的取引上の事柄についての言及があるのであるが、抗告人の右の言葉が議員の品位に悖り、市長に対する侮辱的言辞であつて議員その他関係者の正常な感情を害しまた右の言及が市長と抗告人との間の純然たる私的取引行為に関連して、市長個人の抗告人に対する背信的行為をあげて非難するものとして地方自治法第一三二条所定事由に該当するものとしても、以上の言辞はこれを抗告人の発言全体の文脈において評価すべきであるのみならず、同法第一三五条が懲罰の種類として、「公開の議場における戒告」から「除名」に至るまで四段階の懲罰を規定している趣旨に照らせば、懲罰権者が違反行為に対しその何れの懲罰を選択するかは、議会の自律権に基づきその自由裁量に属するとはいえ、恣意的な選択は許されず、当該違反行為の内容、程度その他諸般の事情を考慮して慎重に決すべく、就中「除名」は議員からその意に反して政治生命を剥奪するいわば極刑であるから、殊更慎重な配慮を必要とするものといわなければならない。本件における抗告人の前記言動が同条所定の「除名」に値いするものであつたかどうか、換言すれば相手方が抗告人の前記言動をもつて著しく議会の品位を傷つけ、その秩序を紊したものとして「除名」処分を選択したことが裁量権の範囲内のものであるかどうかの点について、十分慎重な配慮を経たものとは本件全疎明によつても必らずしも明らかではなく、結局、本件は、本案の理由の存否がいずれとも決し難い場合であり、「本案について理由がないとみえるとき」には該当しないものといわなければならない。

2  処分の執行停止をすることが「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ」があるかどうかの点について。

相手方は、本件執行停止申立後の昭和五一年五月二〇日、抗告人の除名による欠員補充のため市選挙管理委員会から市議会議員の補欠選挙が告示されるや、直ちに二名の立候補の届出があり、全市にわたつて激しい選挙戦が行われている情勢にあり、しかも投票日を数日後にひかえて緊迫した現状にあるところから、もし突如執行停止決定がなされたとするならば、前記善意の候補者達にとつて不測の事態を惹き起し、その及ぼす影響は重大であるばかりか、かつて例のない事態に直面し選挙管理委員会も有権者市民も異常な混乱に捲き込まれることになり、かように一地方に大きな混乱を捲き起す異常事態を招来することは結局、「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれあるとき」にあたる旨主張する。」しかし、「公共の福祉」は「全体の利益」と同一ではなく、結局は全体の利益と個人の利益との調和であるから、「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ」があるかどうかは、処分の執行停止をすることによつて侵害される全体の利益と執行停止をしないことによつて蒙る個人の損失を彼此比較較量して決すべく、公共の福祉の名の下に個人の正当な主張が阻まれてはならない。そこで、まず全体の利益の面を冷静に考察するに、処分の執行停止がなされたときは、補欠選挙の実施は中止を余儀なくされるため、善意の立候補者達並びにその支持者達のそれまでの選挙活動を全く無為にし有形、無形の損害を与えること選挙管理委員会の告示より投票に至る選挙事務行為が全く無駄となつてしまうこと、そして選挙民の投票日における若干の戸惑いは見易い道理である。しかし、他面執行停止をしないことによつて蒙る抗告人側の損失の点を考えてみると、抗告人の議員としての資格は除名処分によつて奪われたままとなる結果、議会における抗告人自身の正常な議員活動が阻まれるばかりでなくその支持者の抗告人を通じての市政上の意見を反映する機会が閉ざされしかも補欠選挙が施行され投票の結果新たな議員が誕生するに及んでは、抗告人の議員資格の回復はますます困難となるものと考えられる。(なお抗告人の本件執行停止の申立が除名処分を受けて後半年あまり経過した昭和五一年五月一一日になされており、右執行停止申立がいわば補欠選挙の実施を妨害する形となつているのであるが、これは抗告人がその当否の点は別として前記のとおり除名処分につき地方自治法の定めに従い青森県知事に対し審決の申請を行つたところ、審決が遅れて、同五一年三月二四日になつてようやく申請を棄却する旨の決定があつたことによるものと認められ、その責を抗告人に帰するわけにはいかないし、その間の既成事実に目を奪われてはならないであろう。)

右のように双方の利益を彼此勘案すれば、本件の場合執行停止の結果もたらされる立候補者達、選挙管理委員会あるいは選挙民に及ぼす損害、影響は、抗告人側が執行停止を得られないことによつて蒙る損失を越えるものとは認め難く、結局本件は「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」に該らないといわざるを得ない。

四  以上の次第で抗告人の本件執行停止の申請は正当としてこれを認容すべきであり、右と異なる原決定は相当でないからこれを取り消すべく、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第四一四条、第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 佐藤幸太郎 林田益太郎 武藤冬士巳)

別紙

一、近く申立人の除名による欠員を補うため、補欠選挙が行なわれることになつており、かくては申立人は除名処分取消の本案判決を得ても、その資格を回復する術がないことになり、回復すべからざる損失を受けることになる。

二、本件除名処分は、申立人が中村市長の非違を糾弾したのに、その具否を問うことなく、私生活に関する言論であると誤解してした違法なものである。また無礼な言葉なるものは些々たる事柄で、除名をもつてするに値しない。

三、尚その本案請求の理由のあることを明らかにするため本案訴状請求の原因を引用する。

四、原決定が無礼の言葉として引用する発言がその趣旨に照らし決して無礼の言葉でなく又仮に無礼の言葉と解せられるものがあるとしても発言の全趣旨に照らし除名処分に価する程の重大なる意味を有するものでないことは訴訟請求の原因に挙げた事柄よりして明らかである。

五、又私事に亘る発言として原決定が挙げる事柄も「財産取引に於ける背信的行為をあげて非難するもので純然たる私生活に亘る言論」と言うものでなく「中村市長が自ら経営していた株式会社協和建設が五〇〇〇万円以上の赤字を負え仮産状態に瀕していたのを秘し一二〇〇万円より負債がないと欺罔しこれを引受けさせた事実あり、詐欺行為を行つたものであり市長としての適格性を缺くものである」と言うものである。その詐欺行為の被害者がたまたま申立人であつたものであり、被害者が申立人であろうと第三者であろうとその性質は何等変るものでなく、かかる犯罪行為は当然糾弾の対照となつて然るべきものでありこれを私生活なりとする原決定は事柄の真相を誤認している。(因みに本件に於ける問題は右発言が真実でありや否やは何等関係なく、右発言を真実なものとした上で尚その発言は私生活に関するもので懲罪の対象たるものであるか否かにあることが銘記さるべきであり然る場合は原決定の判断が如何に誤れるかは明かである。)

原審決定の主文および理由

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

第一、申立人の申立

申立人の申立の趣旨および理由は別紙申立書記載のとおり。

第二、当裁判所の判断

一、一件記録によれば、申立人が、昭和五〇年一二月九日、被申立人議会本会議において、市政に対する一般質問として、別紙議事録記載のとおり当事の市長中村亨三の市政を批判する発言をしたことそして右発言中、同市長を指し、「中村一派」「女の腐つたみたいで」「ペテンにかけて」「詐欺横領である」「贈収賄をやつている」等無礼な言葉を使用し、かつ同発言の内容の一部が同市長の私生活にわたるものであることを理由に、被申立人議会は申立人の右言動が地方自治法一三二条に抵触し、同議会の品位を著しく害したとして、同議会会議規則一五七条ないし一六二条、地方自治法一三四条、一三五条に従い、同月一三日本会議において、申立人を除く全議員出席のうえの四分の三以上の多数である二一人の賛成によつて申立人を除名する旨の懲罰議決をしたことが認められる。

二、よつて検討するのに、申立人の右発言中前記摘示の各言葉は市政に対する一般質問の方法として必要な限度を超え、議員の品位に悖り、市長に対する侮辱的言辞であつて、議員その他関係者の正常な感情を害し、地方自治法一三二条にいう無礼な言葉を使用した場合にあたるものと考えられる。加えて、別紙議事録八枚目裏一一行目以下の発言、特に協和建設に関する部分は市長と申立人との間の純然たる私的な財産上の取引に関連して、市長個人の申立人に対する背信的行為をあげて非難するものであつて、かような両者間の私的紛争を議会に持ち込み、市政に関する一般質問の形を籍りた個人攻撃は前記法条にいう他人の私生活にわたる言論をした場合にあたるものといわざるを得ない。

右のとおり、申立人の右発言は地方自治法一三二条に抵触し、かつその発言内容に照らせば、仮令申立人がその後弁明を申し出て、私事である部分を取消す旨表明したことを考慮に入れても、被申立人議会が、右発言をもつて著しく議会の品位を傷つけ、その秩序を害したものとして、申立人を除名処分に付したことは、苛酷に過ぎ、議会の自律権にもとづく裁量の範囲を逸脱したものとは認められない。

三、結局本件除名処分は適法になされたことを窺うことができるから、本件申立は本案について理由がないとみえるときに該当するというべきである。したがつてその余の点について判断するまでもなくこれを却下することとし、行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。

別紙

申立書

趣旨

当裁判所昭和五一年(行ウ)第四号除名処分取消請求事件について、本案判決をなすに至るまで、被申立人が昭和五〇年一二月一三日会議においてした申立人を十和田市議会議員から除名する旨の議決の効力を停止する。

理由

一、近く申立人の除名による欠員を補うため、補欠選挙が行なわれることになつており、かくては申立人は除名処分取消の本案判決を得ても、その資格を回復する術がないことになり、回復すべからざる損失を受けることになる。

二、本件除名処分は、申立人が中村市長の非違を糾弾したのに、その真否を問うことなく、私生活に関する言論であると誤解してした違法なものである。また無礼な言葉なるものは些々たる事柄で、除名をもつてするに値しない。

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